ムサシひとり
第一章 小次郎敗れる!
  (一)

勝負は一瞬にして決まっていた。
誰もが、己の目を疑っていた。
そしてその疑いが強ければ強いだけ、それはムサシへの賞賛に拍車をかけた。

「フー、フー」と、荒い息づかいの中、ムサシは賞賛の嵐を心地よく受け止めていた。

『小次郎を倒した』

血のりの渇かぬ櫂を持ったまま去りゆくムサシを、陣を張ってその試合を見ていた武士達は、追った。

あれ程にムサシを蔑み、中には声をからせて口汚く罵った武士でさえ、ムサシを賞賛した。

その賞賛は、皮肉にも小次郎にとっては、「剣の天才」としての誇りを捨てさせず、その名の下に、 ムサシを剣客ではなく、一人の時代遅れの兵法者として感じさせた。

小次郎はすでに息絶えていた。
その死に顔は、苦痛に歪んではいなかった。
穏やかな・・・否、どうお伝えしようか・・・安らぎ・・解脱・・

「これから、ひとりで進め!道標べもなく、唯々彷徨う(さまよう)がいい!」
「その邪剣に悩め!その卑怯さに悔やむがいい!」
ムサシに対する、優しさと軽蔑の色がうかがいしれた。

そんな小次郎を見ることもなく、ムサシは去った。

そしてそんな小次郎の元に駆け寄る武士もいない。

何事もなかったかのように、押し寄せては引く波に 小次郎の赤い血がさらわれていた。
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