ムサシひとり
第三章 巌流島で・・
(三)

巨像めがけて小次郎の長剣が空を切った時、己の頭に思いもかけぬ、大きなそして重いものを感じた。

その何かは、小次郎の頭蓋骨にのめり込み、ついには砕いた。

小次郎は即死した。

が、その櫂(かい)がくいこみ、死に至るまでのごくわずかの時に、小次郎の 目は確かに、巨像ではなくムサシの勝ち誇った姿を見た。

" ヒューン!"

小次郎の長剣は空を切った。

それは、風の如くに軽やかだった。

何の手応えもなく、空を切った。

小次郎は違和感を感じた。

小次郎自身以外の何物かが、僅かのずれをもたらせたように感じた。

" ブォーン!"

ムサシの櫂は、小次郎の長剣に遅れて振り下ろされた。

" グェキッ!"

小次郎の脳天に、真正天から下ろされた。

小次郎の横払いの鋭さに比べ、ムサシの振り下ろしの重さは 明らかに、一撃必殺を意図していた。

それが小次郎の体に触れさえすれば、撲殺できると踏んでの一撃であることは明白であった。

正にの戦国時代における、肉弾戦であった。

様式美などは、微塵(みじん)もなかった。

小次郎の剣捌き(けんさばき)とは異質のものであった。

小次郎が追い求めた、『能』に通ずる様式美とは、相容れないものであった。

ムサシの櫂が振り下ろされ、小次郎の脳天にくいこむ。

小次郎の体は、その足首まで砂地にめりこむ。

その時小次郎は、この九州下関舟島でムサシと対決する迄の一部始終を、走馬燈のように思い浮かべた。
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