ムサシひとり
第五章 小次郎の敗因
(五)

勝負は一瞬にして決まった。

舟から飛び降りたムサシは、波打ち際を走った。

手に持つ櫂(かい)をブンブン振り回しながら、小次郎に間合いを計らせなかった。

ムサシに比べ、実戦経験の少ない小次郎であった。道場内における試合の経験は豊富である。

しかし、野外における立ち会いは少なく、ましてや砂地での経験は無い。

照りつける太陽の下で、ジリジリと苛立ちを感じていた小次郎。

のどの渇きを潤す事すら忘れていた。

" 何故(なにゆえ)に、納めるべき鞘を捨てる!勝負を捨てたかぁー!"

刀の鞘を捨てた、小次郎。

その言葉に動揺した、小次郎。

粗野なムサシの言動に翻弄された。

長剣の鞘は邪魔になりこそすれ、打ち捨てても何の問題もなかった。

しかし、様式美にこだわりを持つ小次郎の心底に響いた。

思えば、道場での立ち会いは、礼に始まり礼に終わった。

御前試合における、真剣勝負も然り。

戦う前に、勝負は決していたのか。

御城内での試合に、首を縦にふらなかったムサシ。

老練なり!

砂地を駆けることによる体力の消耗も手伝って、小次郎の息はあがった。

十分に戦略を練っていたであろうムサシに、小次郎は天才であるという自負心に増長していたか。

恩師、富田勢源の言葉が、今又思い出される。

" お前を作り上げたものに滅ぼされる!"

秘太刀 " 燕返し " を浴びせることなく、小次郎は敗れた。

まさしく、ムサシに敗れたのか小次郎。

否、ムサシという、虚像に敗れ去った、と筆者は考える。
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