お願いだから、つかまえて

「てことは、やっぱり好きなんじゃないの。矢田さんが別れてくれって言ってきて、佐々木くんが付き合ってって言ってきたら、理紗はそうしたいわけでしょ?」
「…なんかそうまとめられると、私の意気地なし感が際立つんですけど…」
「意気地なしっていうかさあ…」

香苗が言葉を選び選び、話す。

「基本的に理紗は恋愛に対して受け身なのよ。矢田さんと付き合い始めたのだって、押し切られたからじゃない。佐々木くんは押してくれないから、理紗は自分からは行かない。」
「う…」
「義理堅いとこあるから、矢田さんを裏切れないって思ってるんだろうけど。」
「…裏切ったけど、結局…」
「だからね、そこよ。理紗は本来浮気するキャラじゃないでしょ。よっぽど佐々木くんに気持ちがいってるのよ。」

やっぱり、そうなのか。はっきり言われるともうそうに違いないって気分になった。

「でね、私の推測だけど、それでも理紗が矢田さんと別れられないって思うのは、矢田さんを好きだからじゃないと思うのよ。」
「…え、なんで?」
「そりゃ二年以上付き合ってりゃ情もあるでしょう。だけどそうじゃないよ。理紗は矢田さんに恩を感じてるからだよ。」
「…恩。」

馬鹿みたいに、おん、と繰り返した私を、香苗は幼子を見るような目で見る。

「恩。仕事を教えてくれた、すごく良くしてくれた、社員に推してくれた、…愛してくれた。」
「…………」

自分の中の何かを、根っこから引き抜かれたような気分だった。何かを…修吾を好きだという気持ちを。違う、そうじゃない。...好きだと、信じたい気持ちを?

「理紗は元々、淡白だけど、意外と情深いところあるでしょ。そこまで好きじゃなくても、人として嫌いじゃなかったら、付き合えるんだよ。」

…あ。友理奈ちゃんにも似たようなことを言われた。情深いとは言われてないけど。なんだっけ…? 好きでも好きじゃなくても…
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