お願いだから、つかまえて
「で、あたし思うんだけど、佐々木くんがもし現れなかったら、理紗はそれでずっと不満もなく、矢田さんと一緒にいられたはずよ。」
…あ、まさに、それだ。
「…好きでも、好きじゃなくても?」
「そ。人として嫌いじゃなくて、感謝なんかしてたら尚更。」
だから今まで割と満足してたわけでしょ。
香苗にそう言われて、私は深く項垂れてしまう。
「何落ち込んでんのよ。しょうがないじゃない、好きな人に出会っちゃったんだったら。」
「しょうがない…ですか。」
「ていうか、うっかり結婚する前でよかったわよ。」
「うっかり…」
「うっかりよ。」
香苗は笑って、それから私の目を見て、ゆっくり、言葉を私の身体に押し込むように、言った。
「理紗。恩だけじゃ、結婚はできないよ。」
それは、結婚を決めた香苗だから言える言葉で。
たぶん、真実だった。
少なくとも私にはそう思えた。
「…さすがに重みがありますね。」
当たり前でしょ、と香苗が鼻を鳴らす。
「本当に好きな人に出会っちゃったんだから、もう矢田さんとは続けられないよ。理紗、そんなに器用じゃないでしょ。」
「………そう、なの、かも……」
「だったら決まりよ。矢田さんと別れて、佐々木くんと付き合うしかないじゃない。
仕事のことはそれから考えよ。もし今回の話がダメになっても、理紗ならまた何かしらのチャンスは来る。それはあたしが保証する。絶対大丈夫。」
「でも、佐々木くんは…」
「あのね。」
弱気な私を叱咤するように香苗が言う。
「つかまえてくれない、なんて言ってると前に進めないのよ。好きなら、つかまえにいかなきゃ。」
…逞しい。
目が覚めた。
本当にその通りだった。