お願いだから、つかまえて
せきを切ったように涙が溢れ出して、私は呼吸困難になって、喉からはひゅーひゅーと息だけが漏れる。
力の抜けた手からスマホが零れ落ちて、その音がガランとした廊下に響き渡った。
床から佐々木くんの、聞いたことのない、厳しい声が聞こえてくる。
「理紗さん?! 大丈夫? 聞こえる?」
「お、祖母ちゃん、…が、た、倒れ…て、…」
スマホにまともに出ない声を吹き込む為に、自分の身体までも、床に崩れ落ちて行く。
「え。今どこにいるの。救急車呼んだ?」
「…い、ま…手術、ちゅう、で…」
「どこの病院? ーーうん、わかった。一回切るから。」
どのくらいの時間、放心していたのか。
私は、床にぺたりと座り込んでいたまま。
彼を待っていたのか。来るとも思っていなかったのか。
「ーー理紗さん」
だけど確かに、懐かしい声がした。
「理紗さん大丈夫? …しっかり。」
腕を引き上げられて、抱えられるようにして、私はまた椅子に戻っていた。
「…佐々木くん……お、お祖母ちゃ…どうしよう…死んじゃったら…わた、私、」
「大丈夫、死んだりしない。大丈夫だよ。」
「わたし、…」
「大丈夫だから。」
佐々木くんは私の肩を引き寄せ、背中をさする。
…来てくれたんだ。こんな、息を切らせて。
大丈夫だよ、と佐々木くんが繰り返す。それはありふれた慰めの言葉だったんだろうけれど。
その声は本当に優しかった。凍えた心に染みて、広がっていくようだった。
やっと、自分の身体に体温が戻ってきたような気がした。
耐えきれず、その胸に縋りついた。
怖かったんだ。
怖くて怖くて、どうしようもなかった。
…甘い、柔軟剤の香り。
佐々木くんは私を柔らかく抱きしめて、子どもをあやすように、とん、とん、と背中を叩いてくれた。
もう一人じゃない、と思って、私は目を閉じて、そのリズムに身を任せた。