お願いだから、つかまえて
「ちょっと待て。」
そそくさと病室を出て、そのまますれ違おうとした佐々木くんを修吾が呼び止めた。
目にも止まらぬ速さで、その胸倉を掴んで、佐々木くんの背を病室の外の壁に打ち付けていた。されるがままよろめいた佐々木くんの背骨から鈍い音が鳴った。
「修吾、ちょっと、ここ病院…」
さすがに咎めたけれど。
佐々木くんが今ここにいるということは修吾より先に私が連絡していたのだと修吾が思うのも、また当然で、何から何まで私の落ち度だった。
佐々木くんは相変わらずそこまで距離を詰められても修吾と目を合わせようとはしないし。
詰め寄ったものの、怒鳴り散らすわけにもいかず、修吾も黙り込んで。
短い沈黙の間、私はなんとか二人を引き離そうとしたけれど、それも修吾の神経を逆撫でしたようだった。
「お前…お前の、せいでっ…」
それはきっと、修吾の本心だと、痛いほどに感じた。
修吾は声を張り上げるようなことはしなかったけれど、その響きには憎悪とも呼べるほどの激しさがあった。
なにか質量があるものをぶつけられたみたいに、一瞬佐々木くんが顔をしかめて。
それから顔を上げて、レンズの奥から修吾の目を見た。
「…あなたが、ちゃんとつかまえておかなかったからじゃないですか。」
修吾はもちろん、私の虚をも突く、前触れのない反撃だった。
「これだけの人を、周りの男が放っておくと思いますか。今まで何もなかったのなら、それは理紗さんの良識に頼った関係だったんじゃないですか。」
「さ、佐々木くん!」
いきなり、何を言い出すの。
修吾の頭にカッと血が上ったのがわかった。次こそ怒鳴りつけておかしくなかった。
「ーーー………っ!!」
…だけど、そのまま、言葉を発さずに、修吾は口を閉じた。
唇を噛んだその表情が、それは彼が一番他人に言われたくなかった台詞だったんだと、私に悟らせた。
そんな、どうして。
良識なんて。
「言っておきますけど、全部僕が無理やり始めたことですよ。」
「…っ、お前、よくもっ…」
「理紗さんが簡単に浮気なんかすると思いますか。あなたのほうが彼女と付き合い長いんですよね。あなたのほうがよくわかるはずじゃないですか。」
「佐々木くん!」