お願いだから、つかまえて
「お祖母ちゃんが倒れた時ね。私、パニックで。どうにかしなきゃって…一人でなんとかしなきゃって、思ったの。じゃなきゃ、私、独りになっちゃうって。…その時…修吾のこと、全く思い浮かばなかったの。」
どんなに酷いことを言っているのか、わかっているつもりだった。
だけど修吾が今どれくらい傷ついているのかを測る術なんか、無い。
「…あいつの。」
長い沈黙の後、修吾が呟くように言った。
「あいつの顔は、浮かんだの?」
「ううん、全然。…だけどね。」
私はあの廊下を思い出す。
手術中という赤いランプだけが目印の、たった一人残された、薄暗い病院の廊下を。
「本当にこんなのは馬鹿みたいで、おかしいんだけど。本当に偶然で、なんの因果もないことはわかってるんだけど。あの人がたまたま手術中に、電話をくれて。今まで一度だって電話くれたことなんか、なかったのに、初めて、あの時…」
スマホのディスプレイの光だけが、あの孤独な廊下で、たったひとつ、あたたかかった。
「…死ぬほど、ほっとしたの。ああ私、一人じゃなかった、この人がいたんだって。」
あの声が聞けなかったら、きっと私は今でもガタガタ震えて、こんなふうに食事なんかできなかっただろう。
「…ごめんなさい。」
ひとつひとつ謝っていたらキリがなかった。
全て何もかも、ごめんなさい、と思って、私は深々と頭を下げた。