お願いだから、つかまえて
デザートを食べながら、修吾はまた和やかな雰囲気を作ってくれて、またそれに胸を締めつけられた。
「そういえばさ。」
食後のコーヒーを一口飲んで、思い出したように修吾が言った。
「正社員に、決まったって?」
「…あ。」
そうだ。その話…
「あの。それなんだけど、もし修吾が嫌だったら、辞退するから。本当に気遣わないで言って。また別の会社でやり直すのだって、悪くないし。」
「何言ってんだ、そんな勿体無いこと言うなよ。」
「でも、ここまで来られたのは、修吾のお陰だから。」
「馬鹿だな、理紗の力だよ。」
修吾がフォローでも気遣いでもなくそう言ってくれているのが伝わってきた。
「理紗は元々能力高いだろ。じゃなきゃ俺だってあんなに手助けしなかったよ。そりゃ理紗なら別のとこでもちゃんとやれるだろうけど、今のとこで人間関係もうまくいってるのに、蹴ったりしたら勿体無いだろ。」
「…人間、関係。」
思わず私が繰り返すと、修吾も一瞬言葉に詰まって、それから二人で吹き出した。
どんなに努力していてもどうしてもぎくしゃくしていた空気が、初めて本当に解けて、吹かれて飛ぶように消えた。
「いや、あのな。頼むから俺を振られた恋人を会社から追い出す小さい男にすんなよ!」
「ほんとだ。ごめん。失礼だった。」
「あそこまで馴染んでんのに、居なくなられたら逆に周りの目がしんどいわ、俺が…」
笑い過ぎて二人ともコーヒーカップを持てない。
二人でこんなに爆笑したのは久しぶりだった。
「…高校生でもないし。そんなことで優秀な人材失うわけにいかないだろ。まあ別れたことはそのうち知られるだろうけど、ほとぼり冷めるまでの辛抱だから。今まで通りよろしくな。」