お願いだから、つかまえて

ひーひー言いながら乱れた息を整えて、修吾が言った。
そんなふうに言ってもらえるなんて、思ってもいなかった。

「修吾ってさ。」
「うん?」
「いい男だよね、ほんとに。」
「は、今更?」
「ううん、ずっと知ってたけど。」

だから付き合っていたんだけど。

「そんなふうにさ…言えないよ、なかなか。尊敬する。」
「惚れ直してもいいぞ。」

軽く言われて、また私は笑いを零してしまった。

「あいつとうまくいかなかったら俺のとこ戻ってこいよ。しばらくフリーだから。」

付き合い出してから、今が一番惚れ惚れした。

今まで私が修吾と別れるわけにはいかないと思っていたけれど、自惚れていたのかもしれない。
こんなに素敵な人には、相応しい素敵な相手がいるだろう。私なんかじゃなくたって。

もっと早く気づいていたら、こんなに傷つけなくて済んだかもしれないのに。

「…修吾。今までありがとう。私本当に幸せだった。」

謝るのはもうやめて、そう言うと。
修吾も頷いてくれた。

「こちらこそ。理紗のおかげで、人生変わったよ。別れてもそれは俺の財産だから。ありがとう。」

泣くな。
自分で決めたことなんだから。
泣きたいのは、修吾のほう。


じゃあまた明日ねと言って。
手を振って別れた後、修吾がどうするのか、今日からはもう知らないけれど。
これでいいんだ。

私は背筋を伸ばして、一駅ぶん、電車に乗らずに歩いて、家まで帰った。

家の前には見覚えのある車が停まっていて。
あれっ…と思った時、運転席に人影を見つけた。

佐々木くんだった。




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