お願いだから、つかまえて
「理紗も、こうやって、色々…言わないところがあるけど。佐々木くん、あんたも、歴代の彼女には、何考えてるかわからない、って振られてきたクチでしょう。」
「………」
あ、そうなんだ…
怜士くんは明らかに気まずそうに床に目を泳がせている。
「これ以上、理紗を泣かせたら、承知しないわよ。」
「はい。」
怜士くんがまた頷くと、香苗は、はあーっと深いため息をついた。
「良かったあ…」
言うなり、トイレ、と呟いて立ち上がった。
「あ、トイレは…」
怜士くんが腰を浮かせて案内しようとすると、
「知ってるわよ! あんたよりこの家のことなんか熟知してんのよ! 舐めないでよ!」
と、ドスのきいた声で怒鳴って去った。
「………あの、香苗さん? あの人なんだかずいぶん印象が…」
座り直した怜士くんが困惑した顔で言った。
「うん、あっちが本性。怜士くんは身内認定されたんだね。たぶん、今トイレでちょっと泣いてる。ほんとに心配してくれてたから。」
「なるほど…」
怜士くんは小さく言って。
「プロポーズ、されてたんだ。」
「あ…うん…ごめんね、黙ってて…わざわざ言うのも、なんか…」
「本当にギリギリだったんだ。よかった…」
そんな。
心底から言われると、なんて言っていいかわからない。
「…そんなに、泣いたの?」
また、ちょっと上目遣いで私を伺って、そんなことを聞いてくる。
「う…まあ…」
「ごめん。」
「ううん、あの、今、人生で一番幸せだから、大丈夫。」
私がそう言うと、怜士くんはソファから立ち上がって私の前に来ると、膝をついて、座ったままの私に目線を合わせた。
「…今が人生で一番幸せ?」
「…うん、あの…恥ずかしいから繰り返さないでくれる?」
もじもじして言ったら、頭を引き寄せられて、触れるだけのキスをされた。
「…もっと幸せにするから。」
もっと。なんて、ちょっと想像できない。
「幸せのキャパ、超えちゃうんじゃないかな…」
「控えめだね。」
怜士くんがおかしそうに、ふっと笑った。