お願いだから、つかまえて
私がきょとんとして言うと、怜士くんはきまり悪そうにビールジョッキに口をつける。
「しばらく会社をやめるつもりはないし、独立するにしても、金銭的な不安は残さないタイミングで始めるつもりだけど、100%の保証はないし…」
「そんなの、このご時世誰だってそうじゃない? 私も仕事はするつもりだし。」
言いながらも、会話が彼の仕事の話に及ぶとなんとなく歯切れが悪くなるのは、こういうわけだったのか、と思い当たった。
「ていうかすごいね、佐々木くんそういう将来のビジョンを話さないまま、プロポーズしたの?」
山園さんはけして嫌味で言っていない。純粋な疑問だ。それでも怜士くんはものすごくテンションが下がっている。
「いや…だから、プロポーズは正式には、まだ…ちゃんと話してから籍を入れたいとは思ってたんですけど、なんか…」
なんか、流れがね。うん、変な流れは友理奈ちゃんに会った時からずっとあった。
わかるよ、それは…
私もそんな背景があるとは知らず、迂闊な発言をしていたような気もするし。
香苗は呆れたように私を見た。
「本当にこの人でいいの?」
「え? うん。」
「会話、足りてないんじゃないの? 付き合い始めたばっかりとはいえ。そもそも始まり方がこじれてるから、どっから手を着けたらいいのかわかんなくなっちゃってるんでしょ?」
「………いや、うん…」
だから、昨日私は必死に話そうとしたんだけど。
なんか、なあなあのまま、なし崩し的にセックスにもつれ込んじゃったわけで。
まさかこんなに大きな取りこぼしがあったとは…