お願いだから、つかまえて
「もう話してないこと、ない?」
帰り道、手を繋いで駅からのんびり歩きながら、私は聞いた。
「ない。…と思う…」
怜士くんは自信無さげに語尾を濁す。
もー。
「私も流し癖あるし、怜士くんも説明苦手だし、二人とも面倒くさがりだし…色々後回しにしちゃいがちだけど、これからはちゃんと何かあったらその都度話して、共有していこ?」
「うん。」
うん、と頷く怜士くんは、子犬みたいで可愛かった。ちょっとしゅんとしてた。
「理紗の気持ちをないがしろにしてるつもりはなくて…その、つまり、昨日、そっちが話そうとしてくれてたのに、僕がああいうふうに押し流してしまって…」
あ、反省してる。やっぱり可愛い。
「もうよくわかってると思うけど、僕はどっか欠けてるから、何か思ったら溜めないで、言ってほしい。」
私達は。
初めから、一緒にいることが、当たり前みたいで。分かり合うための言葉なんかは、要らなかったから。
ほとんど会話なんて必要ないように思ったりもするけれど。
そんなわけは、なくて。
「うん。わかった。」
「でも、僕は…理紗が、居てくれる以外のことは、取るに足らないことだと、思ってしまって。いまだに理紗が僕を選んでくれたことが、信じられないような気がする時があって。何を話すよりもまず、それを確認したくなって…」
それで、あんなふうに。
触れてないところなんか残らないみたいに。
私を抱くの?
「私はずっと一緒にいるから、なんでも話して。」
「うん。」
切なくなって、こんな私のことなんか、全部あげるのにと思ったりして。
初夏の匂いを感じながら、夜道で、私は背伸びをして、屈んでくれた彼の唇にそっとキスをした。