お願いだから、つかまえて

「うお、やった! あの、理紗さんは、独身ですよね。彼氏いないんすか? 俺、アタックしてもいいですか?」

あーっ…
しまった、気づくのが遅かった。
また友理奈ちゃんに怒られる…

「いや、えーっとね…」
「馬鹿、高梨、宮前さんは矢田さんのだぞ。命知らずなことすんな!」

ちょっと離れた席から先輩社員が大きい声でどやしてくる。

「いや、あの…」
「マジっすか! ライバル矢田さんすか! こえぇ!」

視界の端から友理奈ちゃんが飛んでくるのが見えた。いや、でもいくら友理奈ちゃんでも、これをフォローするのは無理だろう…
あー、どうしたもんか。
頭を抱えそうになっていたら、頭上から涼し気な声が降ってきた。

「別れたよ。」

えっ?

「修吾!」

見上げると、修吾がジョッキを持って移動してきたところで。
仕事中と変わらず、冷静沈着な面持ちで私の隣にすとんと腰を下ろした。
その一瞬は、周囲が水を打ったように静まり返っていて。

「えええええーーっ?!?!」

悲鳴が爆発した。

あああー、なんてことだ…

ガックリした私をよそに、どよめきが広がっていく。

え、何何? 矢田さんと宮前さん、別れたんだって。えー、ウッソー!……

「いつですか?!」
「2ヶ月くらい前かな。な?」
「そ、そうだね。もうそんなに経つんだ…」
「いつまでも隠しとくのも変だし、いいだろ、このタイミングで。」

修吾がぽんぽん、と私の頭を軽く叩く。
いや、いいけど…いいんだけど…

「なんで別れたんですか?!」
「大人には色々あんだよ、察せよ。」

不躾な部下の質問を修吾はあっさりかわす。

< 156 / 194 >

この作品をシェア

pagetop