お願いだから、つかまえて
長戸さんがまた私を睨んでから、小さな声で言った。
「まだ好きな女が仕事でずっと一緒にいるのに、どうやってこっち向かせたらいいかなんて、全然わからない。」
「まだ、好きかどうかは…あれで意外と、大人だから。」
「矢田さんが大人なのは意外でもなんでもないですよ。」
「…すみません…」
なんだよう。この会話のゴールが全然見えないよう…
「矢田さん、少し変わりましたよね、雰囲気。」
「そう、かな…」
「理紗さんのこと、まだたぶん好きだけど。もう一度告白したら、少しは私のこと見てくれるような気も、してるんです。」
「うん…」
「でもそれもきっと、理紗さんの影響なんですよね。だからやっぱりムカつきます。」
「………」
「幸せなんですか? 今。」
「え? うん。」
「じゃ、ずっとその人と幸せでいてくださいね。くれぐれも矢田さんとより戻したりしないで下さい。」
「あ、はい…」
なんか…責められたんだか、祝福されたんだか、さっぱりわからない。
長戸さんはふいっと身を翻して、戻っていってしまった。
私も戻ると、もう話題はすっかり移行していてほっとした。修吾も楽しそうに上司と話している。
確かに、こういう顔をして、飲み会で皆の輪に自然に溶け込んでいるような人ではなかった。
今は皆に頼られ、慕われているのがよくわかる。
私のおかげで変わったことが、財産だと、修吾は言ってくれた。
本当にそうだったら、嬉しい。
別れても、それが少しでも彼を幸せなほうへと、進めてくれるのなら、私は本当に、嬉しい。