お願いだから、つかまえて
「おう。」
片手を上げて軽く挨拶をした。
怜士くんもそれに応えて、ペコリと会釈する。
「ハーイ、じゃあ、傷心の矢田さんは私としっぽり飲みましょうね! かいさーん!お疲れ様でしたー!!」
修吾の腕に友理奈ちゃんがじゃれついて、そんなことを言い、上司や先輩がほとんどなのにも関わらず、しっし、と片手で皆を追い払うような仕草をして、修吾をそこから連れ出した。
「は? 何言ってるんですか? あなたは帰ってくださいよ。」
長戸さんがそれを阻止しようとして、友理奈ちゃんと何やら言い合っている。
「いや、ここは振られた者同士、俺と飲みましょう! 矢田さん!」
高梨くんがやかましく修吾たちの後を追いかけて。
修吾は友理奈ちゃんの腕を振りほどいたり、長戸さんをたしなめたり、高梨くんを罵倒したりして、忙しそうだ。
でも全然、寂しくなさそう。
私はその後ろ姿をくすっと笑って見送ってから、怜士くんを促して歩きだした。
「帰ろっか。」
「なんか、ごめん…来ないほうがよかったかな…」
怜士くんが色男な風貌に似合わず、バツが悪そうに背を丸めている。
「会社の飲み会って聞いてたのに、矢田さんがいることを完全に失念していた…」
「ううん、心配してくれてありがとう。来てくれて嬉しい。」
怜士くんはほっとしたように微笑んだ。
よかった、この笑顔を皆に見られなくて。きっと何人かの女の子は、恋に落ちてしまうだろうから。
「その眼鏡、似合ってるね。」
「そう? 前のより軽いし、正解だったかな。」
怜士くんは私が繋いだ手を引き寄せてくれる。
こうやって夜一緒に家に帰るのは、すごく好きな時間だ。