お願いだから、つかまえて
恋は偉大なんだな。
どんな気分なんだろ、付き合ってた人が、自分と別れて、どんどん綺麗になっていくのって。
矢田さん、いい男なのに、なんて気の毒。そして、なんて面白い。
「理紗、ちょっと。」
矢田さんがそう言って理紗さんを呼び寄せる。
今更矢田さんが理紗さんを、宮前さん、とか呼び出したらこのフロアの連中は噴き出すに違いないので、このままの呼び方で通すんだろう。
理紗さんも、何~? とか言ってて、これまたハイ、何でしょうとか返されてもこっちは目が泳いでしまうし、これが正解なんだろう、なあ。
だけど、矢田さんのデスクで顔を突き合わせて、結局夫婦みたいな様子に落ち着いてしまう二人に、長戸は歯ぎしりが止まらないだろう…
とほくそ笑んで盗み見たら、奴は意外にもちょっと本当に切なそうな顔をしていた。
「あら、ら…」
私は思わずそう溢して、書類に目を落とす。なんか、見ちゃいけないものを見た気分。
「あー、そうだ、これは直接言ったほうがいいよね。電話しとく? 修吾がする?」
「先方はお前を気に入ってるんだよなあ…」
「ああ、エロオヤジだからねえ。」
「頼んでもいいか?」
「はーい。あ、でもお昼だ、お昼食べてからにしよ。」
「おう、サンキュ。」
ちょうどお昼休憩の時間になって、フロア全体の空気がほどけた。
私もいそいそとお弁当バックに手を伸ばし、理紗さん行きましょ、と声をかけようとした時、身を翻した理紗さんに矢田さんが何気なく言った。
「理紗、シャンプー変えた?」
うおっ。
「矢田さんそれはセクハラですよ!」
口が先に動いてしまった。あー、聞き耳立てての、バレた。まあいっか、もう休憩だし。