お願いだから、つかまえて

え、と矢田さんが焦った顔をした。あ、今の、レアな顔。

「そうか?」
「付き合ってる時はただの会話でも、別れたらアウトですー、セクハラですー。」
「まあセクハラかどうかは受け取る方次第ともいうしね。」

理紗さんがなんでもないことのように笑って言う。

「今更修吾に何言われてもねえ…」
「だよなあ。」

オトナな二人のやり取りは、そつがなくて、何を考えているのかわかりにくい。
けど、理紗さんが口を開く前、一瞬迷ったのは見えた。

「ちなみにシャンプーは変えたけど。彼と同じシャンプーなの♡」

お、おぉ。
理紗さん、やりおるな…

「そーかそーか、末永く幸せにな。」

矢田さんが鼻で笑って軽くあしらった。どーも、と笑って理紗さんは自分のデスクに戻ってきた。

「お待たせ友理奈ちゃん、いこー」
「私も一緒にいいですか?」

長戸が待ちかねたように間髪入れず言ってくる。こいつも絶対、聞いてたし。

「いーよー、あれ、長戸さんもお弁当なの?」

あれだけ嫌な思いをさせられたはずなのに、理紗さんは屈託がない。

「毎日社食もなんなんで。」
「大人へのステップだねえ。」
「なんであんたがついてくんの? 理紗さんとの時間を邪魔しないでよ。」

実際のところ、ここ最近ずっと長戸はお昼休みになると、私達についてくる。

「理紗さんはあなたのものじゃないでしょ?」
「まあまあ、友理奈ちゃんも意地悪ばっか言わないで、二人とも仲良くしようね。」

長戸はこの顔でこの性格だから、当然女友達が少ない。表面上は皆と仲良くできているけれど、お昼は結構一人で食べていることが多かった。
結局、何のこだわりもない理紗さんが、シェルターになってるんだ。私もそうだったから、わかる。
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