お願いだから、つかまえて
急に黙った私を、矢田さんが怪訝そうに見た。
…あ、返事。
「別に…何歳になったって、好きな人に振られたら、つらいですよ。」
早く何か言わなきゃと思って口を開いたら、つるっとそんな台詞が出てきた。
そうしたら、矢田さんが、ふと。
張りつめていた糸が緩むような、子どもみたいな、無防備な。
そんな顔を一瞬、見せた。
あ。
泣くのかな?
と、思った。
「そうだな、…ありがとう。」
…泣かなかった。
当たり前か。
泣けばいいのに。
泣いたっていいのに。
大好きだったんだから。
この人はプライドが高いけど、きっと、とても弱いところがあるから。
泣いたら、私が、抱きしめてあげるのに、と思った。
お母さんみたいに抱きしめて、つらかったねって、いつまでも泣かせてあげるのに。
なんて…
あれ? 私、おかしいな、まさか。
いやいや。
長戸とガチで恋敵になるとか、やってられないし。
ひぃ、やだやだやだ。
私は身震いしてしまう。
だけど一度覚えてしまったこの感覚は、無視できなくて。
「しょうがないなあ、一人ご飯は寂しいでしょうから、今晩付き合ってあげますよ。」
「はあ?」
「未練タラタラなんでしょ? 愚痴でもなんでも聞いてあげますよ。」
「余計なお世話だ、ほんとに…」
矢田さんはそうぼやいたけど、拒否はしなかった。
私はきっと今、矢田さんの琴線に触れることができたんだ、と少し嬉しくなって。
まあいいや。自分の気持ちは、この人とご飯を食べながら、今夜じっくり確かめよう、と。
そんなことを考えて、今日も今日とてがっつり残業する矢田さんを、手伝うことにした。