お願いだから、つかまえて
それでも、よく動く理紗の手の…左手の薬指にしっかりとはまっている結婚指輪を見ると、あいつの行動の速さは正しかったと認めざるを得ない。
そんな速攻をかます奴には全然見えなかったのに。どちらかといえば鈍そうな奴だったのに。
それがまた俺の悔しさに拍車をかける。
別れても、毎日顔を合わせて、一緒に仕事をしているから、一日のほとんどの時間を仕事に費やしている俺の日常には、表面的にはあまり劇的な変化は無い。
だけど、理紗はさっぱりとした親しさだけはきちんと残し、俺とは一線を引いている。
こちらに変な期待を持たせないように、そしてそれを心がけていることを感じさせないように、ものすごく気を遣っている。
それは人として非常に正しい態度で、俺が見てきたほとんどの女は、それができない。別れた男のことを、心のどこかではまだ自分が所有しているのだと信じているし、時折男にもそれを匂わせる。
だけど結局は、理紗のように、失礼のないようにと細心の注意を払われるほうが、一人の男として尊重されているという実感を持たせるのだ。
希望は無いのに、自尊心はくすぐられる。
逃した魚は、あまりにも大きい。
けれど永遠に俺の手には戻らない。
理紗はそれを過不足なく、俺に知らしめる。
「なーにを物思いに耽ってるんですか。理紗さんは働いているんですよ。見惚れるとこじゃないんですよ。亭主じゃないんだから亭主関白は通用しないですよ。」