お願いだから、つかまえて
俺は呆気にとられた。
そうだ、確かに一か月ほど前の理紗の歓迎会で、前田が「次は私なんかどうですか?」と言っていた。あのことか。
あんなのはからかって面白がって、その場を盛り上げる為だけの、リップサービスだ。
まさか真に受けるほど俺も馬鹿な男じゃない。
そりゃ、最近はよく一緒にいるが、色っぽいことなんか何もない。
「もちろん好きに決まってますよね、少なくとも長戸さんよりは。ねえ?」
またいつから聞いていたのか、わざわざ喧嘩を売るような言い方で口を挟んできたのは前田だ。
給湯室でお茶を淹れてきてくれたらしく、カップを二つ手にして歩み寄ってくる。
「はい、ドウゾ。」
「ああ…」
「ちゃっちゃと終わらせて早く飲みに行きましょ。」
長戸はいないものとして素通りし、自分のデスクに戻っていく。
こいつは本当に、黙っていれば、少し気の強そうな美人で通るのに、行動も発言がいちいち底意地が悪い。
「ハイそういうわけだから、役に立たない長戸さんはどうぞお帰り下さい、お疲れ様でしたサヨナラまた明日。」
それでもお陰で長戸を傷つける言葉を言わずに済んだし、前田の口調はキツくても、陰湿さは欠片もないので、俺は結局、前田を憎めない。
が、助かったなと思うのは、まだ甘かった。
「…私も行きます。」
「は?」
負けじと長戸が挑戦的に宣言したのだ。前田が目を吊り上げた。