お願いだから、つかまえて
「何言ってんのほんとに。調子乗りすぎ。」
「前田さんこそどういうつもりなんですか? 私が行ったって別にいいじゃないですか、下心がないなら。」
「下心があるのはあんたの方だし、私はあんたと飲みたくなんかないので、別にいいわけありません。」
「私が誘いたいのは矢田さんですから、前田さんは遠慮してくださって全然構いませんよ。」
「いやこっち先約だから。馬鹿も休み休みどうぞ。」
…うるさい。
既に俺の了承だとか希望だとか肝心なところを離れて、いつもの舌戦が繰り広げられている。
でも確かに、女同士がこれだけ建前なく言い合えるという関係は、貴重なのかもしれない。
理紗の言うことも一理あるような気がしてきた。
そのうち、何か機会があればこの二人を組ませてみようか、と俺はうんざりしながらも頭の片隅で考える。
考えることはたくさんあったほうがいい。時間が潰れていくから。
「ねえ矢田さんバシッと言ってやってくださいよ、どうしようもない奴を切り捨てるの得意でしょ? 鬼の矢田、再降臨してくださいよ。」
「あなたみたいな人にどうしようもないとか言われたくないんですよ!」
「鬼の矢田って何なんだよ。」
今夜も、こうして。
理紗の居ない長い夜を、騒がしい奴らが遠慮なくかき回してくれる。
しばらくはこんなのも悪くないか、なんてらしくないことを思ってしまうのは、やっぱりまだ寂しいからなのかもしれないが。
俺の心は、意外と軽い。