お願いだから、つかまえて
一目見て、この人だ、と思った。
目鼻立ちが上品に整っていて、物腰が柔らかく、穏やかに話すその声は滑らかで程よく低くて、心地良い。
その場に居ることは本意でないはずだったのに、終始笑顔を絶やさず、受け答えはスマートで、どこにも嫌味が無かった。
育ちが良いんだ、とすぐにわかった。
独身? 信じられない。私と出逢うためだったんだ!
そう確信した。
恋に勘違いは付き物よ。だって勘違いしなくちゃ、進めないじゃない。
そう開き直って、私はこの歳まで蓄積してきた恋愛スキルをフルに活用して、全力で彼との距離を縮めた。
数え切れない恋をしてきたのは、無駄じゃなかった。
拓哉くんは積極的なタイプじゃないから、もし出逢ったのが数年早かったら、私はこうして彼に近づくことはできなかったかもしれない。
「…何考えてるの?」
拓哉くんが私の髪を撫でながら言った。
「んー、拓哉くんに初めて会った頃のこと。」
「えぇ?」
当惑した声が私の頭のてっぺんを揺らした。
私はふふっと笑う。
「出逢えてラッキーだったなぁって。」
「そんなこと。僕のほうこそ。」
彼は元々人当たりがいいから、ある程度まで仲良くなるのは、流れさえ作れば簡単で。
その先はどうしよう、と思っていた。
相手が自分を恋愛対象として見ているかどうかは、大体わかる。
拓哉くんは間違いなく、私を意識してくれていた。
だけど態度が曖昧で、いまいち踏み込んで来てくれる気配がなくて。
こういう人はあまりにもグイグイ行き過ぎると、退いてしまうだろうから、しばらくは友達をやるしかないのかなあと思っていた、矢先。