お願いだから、つかまえて

古くから続く都内随一の呉服屋の出身だということ、いずれは今勤めている会社を辞め、実家
の事業を継ぐつもりだということ、婚約者がいたけれど、ご両親とうまくいかなくて破談になってしまったこと。

包み隠さず全部、話してから。

「あなたを幸せにすると言い切れる保証がないんです。でも、僕はあなたと居ると幸せなんだ。こんな僕でも、お付き合いしてもらえますか?」

そんなことを言われて、この人を信じないわけがないじゃない。

私は、はい、と即答した。

「付き合う前からそれは重いだろって友達に笑われたけどなあ。」
「うーん、確かに拓哉くんじゃない人からそれ言われたら、ドン引きだったかもね。」

でも私は最初から、拓哉くんと結婚する、と思っていたから、話が早くて、お互いの気持ちがきちんとはまる、カチカチッという音が聞こえた気がした。
それが聞こえれば、先に待ち構える難関なんて、怖くない。
だって彼と一緒に生きていくことは、決まっているから。

「有り難いよ本当に。僕が尻込みしていたことは、一体なんだったんだろうな。うちの人達ともうまくやってくれるし…」
「私、自分が試されてると思うと燃えるタチなの。クリアしないと気が済まないの。」

拓哉くんのご両親ーー特にお義母さんは、見るからに厳しくて、発言もきついというか、精神的に抉ってくるところがある。
確かに、こんな人が姑だと思ったら、尻尾を巻いて逃げたくなったり、心がポッキリ折れてしまうのも、頷ける。どこにも非が無いと思われる拓哉くんが独身だったのも納得だった。

だけど私は、見かけによらず(と理紗はいつも言う)したたかだから。
こっちが上手(うわて)であることを思い知らせてやる、と、笑顔の裏で脳のギアをトップに上げて渡り合い続けた。
まあ、相当にハードな戦いだったけど、結構アドレナリンが出る感じで、楽しくもあった。

で、結局それが気に入られたらしく。
今は友好的な関係に落ち着いている。
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