お願いだから、つかまえて
僕には美醜に対する観念が欠落しているのか、女の人を見て可愛いとか不細工だとか思うことがあまりない。
かつて付き合っていた彼女のことを、失礼な友人に「お前あんなブスでいいのか」と言われたこともある。
ただあのキラキラさせることに全力をかけた化粧だけは無理だ。あれでは、美人もブスも何も僕にはさっぱり判断できない。
理紗にはそれがなかった。
本人は面倒くさがりなだけだと言うが、理紗は面倒くさがりがりではないと僕は思う。
理紗は、何もかもがシンプルなのだ。行動の選択の全てが、必要最低限で、過不足が無い。
桜の木の下で桜のような彼女を見て、僕は初めてまともに女の人を、綺麗だ、と思った。
それから少し話しただけで、僕という人間に、すっかり理紗は馴染んでしまった。
それは覚えのない感覚のはずなのに、不思議と劇的な変化はなかった。
彼女が存在しなかったそれまでの人生と、出逢ってからの日々の境目が、無かった。
ただ単に、彼女は切り離すことが不可能な、僕の一部のようになっていた。
それはまったく、僕の都合だけの、勝手な話だった。
理紗には恋人がいたのに。
「怜士くんの、ご家族…」
僕が延々頬を撫でていたからか、ぼんやりと、目を覚まして、理紗がまだふわふわした声で言った。
「いい人達だね。」
「そう?」
「うん。怜士くんがこういう人になったのがよくわかった。楽しかったあ…」
「…そう?」
「うん。」
おちゃのむ、と子供のように言って理紗は身体を起こした。