お願いだから、つかまえて
……というかまあ、たまたま座った位置が彼の隣だったというだけで。
もし遠いところに居たら、私だって彼を見つけたかどうかわからない…
いや、見つけたかな。
だってどうして誰も気づかないの?
眼鏡をかけているから?
一応春だっていうのに、たぶんずっと外に居るからという理由で、
くたびれたダウンジャケットを着ているから?
広げられている全種類の料理とお酒を、ただ黙々と口に運んでいるだけから?
ちょっと話を振られると、ちょっと面倒臭そうにするから?
だけどその全部がーー彼を地味に見せているひとつひとつが私には心地がよかった。
あーこの人楽だな、と思ってしまった。
「どうも…盛り上がってますね。」
低めのトーンで喋りかければ、会話はしてくれるはず。
勘は外れなかった。
ちらっとフレームの隙間から私を横目で見て、頷いた。
「ですね。僕花見ってあまり来ないんで、びっくりしてます。」
と、全然びっくりしてなさそうに言った。
「あ、私もなんですよー。友達に誘われて来たんですけど、あ、あの子あの子、ね、でもあんなにキャッキャしてるとそこに混ざるのはハードルが高いといいますか…」
「ああわかります。僕もちょっと無理です。あ、飲みますか。」
「ああ、どうもありがとうございます。」
しっかり自分ものにしていたビール瓶を持って、遅れて到着した私のために空の紙コップを取って、注いでくれた。
「じゃ、乾杯。初めまして、宮前理紗(みやまえりさ)といいます。」
「佐々木です、乾杯。」
口元にちょっとだけ笑みを浮かべて、佐々木くんは自分の紙コップを私の紙コップに当てた。