お願いだから、つかまえて
「もう、本当にすみませんねえ、わざわざ。」
「いえいえ。休日なんかどうせ暇ですし。お待たせしてすみません。」
「とんでもないです。」
私と佐々木くんの家からの最寄り駅は、電車の乗り換えを含めて20分ほどという、かなり近いところにあった。待ち合わせは、その乗り換えの駅内のカフェが分かりやすいだろうと、佐々木くんが提案してくれた。
さすがにもう暖かくなってきていたので、ダウンジャケットは着ていなかった。
でもお約束みたいに、くたくたになっているトレンチコートを羽織っていて、その中に着ているパーカーは、昨日ベッドの上に無残に丸められていたものに違いなかった。
「忘れないうちに、これ。」
コーヒーのマグカップをテーブルに置いて、佐々木くんが向かいの席につきながら、コートのポケットから、一応透明のビニール袋に入れてくれてある香苗の腕時計を取り出した。
「あー、ありがとうございます!」
「いえいえ。」
首を軽く振って、コーヒーを啜る。
「あの子、普段はしっかりしてるんですけど、時々こういううっかりをするんですよね。朝から大騒ぎでしたよ…このね、文字盤の周りのがね、ダイヤなんですって。なんでそんな大事なもの忘れるんでしょうね。」
「はあ、なるほど…」
納得はしても全然興味がなさそうだ。
香苗に食指の動かない男の人もいるんだなあ、と、当たり前のことなんだろうけれど、私はしみじみ佐々木くんの顔を見てしまう。
今日も、実は綺麗な顔をしている。
「二日酔いとかなかったですか? 昨日相当飲んでましたよね。お花見の時も思いましたけど。お酒強いですよね。」
「ああ、僕いくらでも飲めるんですよね。宮前さんもだいぶ飲んでたと思いますけど…」
「私も結構飲むんですよね…昨日のワイン美味しかったです。赤。」
「あれ、おすすめなんですよ。近くに安い酒屋があるんですけど、結構ワインの品揃えもよくて…」
「え、どこですか?」
「あの、駅前から、うちに向かうのと逆側に行って…」