お願いだから、つかまえて



「どこにいたの? さっき。」

不意に尋ねられて、私は、え? と首を傾げた。
修吾は腕枕をしてくれている腕の指先で、私の髪を梳いている。

「うちに来る前。外だったろ?」
「ああ。」

そんなこと滅多に聞かないのに。と思ったら、

「そんなこと滅多にないのに。理紗、引きこもりだから。」

…そういうこと。

「ちょっとー!」

私は修吾の裸の胸を平手で叩いた。

「だって、そうだろー」

修吾が笑ってもう一方の腕で私の肩を抱き込んだ。
確かに、私はあまり仕事以外の予定を入れる方ではない。そういえば、何かしら遊びに行く、誰かと会う、となると、なんとなく修吾には事前に告げている。
それは別に修吾が強要したわけではなくて、ただその全部を報告するのが億劫にならないほどに回数が少ないこと、
近況を話す時にはそういうことが真っ先に話題にならるほどに、私の日常には事件らしいことが何もない、というだけのことだ。

言われてみれば今日みたいなことは、イレギュラーかもしれない。

「ちょっと友達と会っててね…」

男の人、ということは言わなくてもいいかな…と、ぼかす。聞かれたら答えよう。

「香苗が昨日、腕時計忘れてきちゃったから、それ引き取りに。」
「そっか。」

修吾が私の髪にくちづけながらそう言った。別にそれ以上突っ込んで聞く気はなさそうだ。

「伸びたな、髪…」
「ねー。そろそろ切ろうかなあ。」
「好きだよ、長いのも。似合うし。」

修吾は私の髪が好きだ。
特別どうという優れた髪質ではないけれど、少しだけ茶色がかっているので染めてもいないし、パーマもかけていない、すとんとしたセミロングの髪を、いたく気に入っている。
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