お願いだから、つかまえて
別段こだわりがあるわけでもなく、ただただ楽なスタイルを選んでいるだけなんだけど。
よく触るし、よくキスをしてくれる。
「そうだ、確認なんだけど。」
「何?」
いつまでも髪をいじりながら、修吾は私の顔を覗き込む。私も修吾の肩にもたせかけていた顔を上げて、目を合わせた。
「次の更新近づいてきてるだろ。理紗、正社員になりたいんだよな?」
「あ、うん、できれば。」
色気のない話で拍子抜けだったけれど、私はすぐに頷いた。今の職場は人間関係もうまくいっているし、仕事にももうすっかり慣れていて、働きやすい。
派遣のままだと三年が満期で、それが終わるともう今の会社にはいられなくなる。
「わかった。俺推しとくから。」
「契約でもいいけどね、とりあえず。」
「いや、よっぽどのことがなければ正社員になれるよ。理紗評判いいし。」
「そう? 矢田サンのご機嫌取りがうまいからじゃない?」
「こら。」
修吾が満更でもなさそうに笑ってから、
「いや、まじで、今やもう理紗が抜けたらダメージデカイから。誰も反対しない。自信持て。」
「だと、いいけど。矢田サンがしごいてくれたお陰です。」
「理紗は飲み込み早いし、最初からやる気あったからな。」
今の会社に入ったばかりの時、とにかくわからないことがいっぱいで、その時々で必要なことを、必要な人に聞いた。
修吾も、もちろん例外ではなかった。
だけどそれが、修吾には新鮮だったらしい。
というのも、それまでの後輩は、修吾には怖くて何も聞けないか、縮こまりながら恐る恐る声をかけるくらいしか、できなかったらしいのだ。
「理紗はなーんにも気にせずどんどん質問してきたしなあ…」
矢田さんちょっといいですか、矢田さんこれなんですけど。
別に修吾にばかり話しかけていたわけではないけれど、他の誰に対しても同じように、そんなふうに言ってくる人は今までいなかったのだという。