お願いだから、つかまえて
大学時代の友達、仲山香苗(なかやまかなえ)は、私を誘っておきながら、私が着いたことに気づいてすらいないんじゃないだろうか。
「すごい好きなの。あたしあの人と絶対結婚したいの! とにかく、見て!」
と香苗が言っていた男性は、彼女がやたらと肩や腕を触っているあの人、なんだろうなやっぱり、うん…
「あの茶色いジャケット男性の方ってお知り合いです?」
「え、いや、全然…」
佐々木くんは眼鏡の奥の目を少し細めてその人を確認するとすぐに首を振った。
見て、というだけあって、確かに、香苗好みの中性的な顔立ちで、振る舞いがスマートで、笑顔が甘く、しかも香苗のボディタッチに満更でもなさそうだった。
「え、お知り合いなんですか。」
「いや、全然…」
なんだろう、おそらく恋が生まれつつあるのだろうあの二人に比べて、私達のこの気の抜けた会話は…
と思いつつ、私は居心地が良くて、リラックスしてしまった。
「私は、この中であの子しか知り合いがいないんですけど。佐々木くんは?」
「僕は、主催の職場の部下なので。何故呼ばれたのかちょっとよくわからないんですけど、来てみました。」
「え、主催の方、どちらです? 私、ご挨拶したほうがいいのかな。」
「え…いいんじゃないですか、別に…酔ってるし。」
「………」
彼が指差したのは、嘘みたいに、ネクタイをハチマキのようにして額に巻きつけてご機嫌になっているおじさんだった。
「うわあ…ネクタイをああいうふうにしてる人って漫画の中にしかいないと思ってました。」
「いるんですねえ、本当に…」
「ね。」