お願いだから、つかまえて

「…よく、なかったですか?」
「いえ、とてもよかったです。」

じゃなくて!!
しれっとした顔で何を言わせるんだ、佐々木!!

「…しかしながら、私、セフレとかそういう器用なことできないタイプなので…」
「それは僕もいりません。」
「………」

じゃあ、なんなんだ。
彼氏がいてもいい。セフレはいらない。

どーいうことなの!

と、ぶちまけていいのか?
息を吸おうとしたところで。

「朝ご飯、食べます?」
「…はい。」

食べんのか! 食べんのか私!!

…寝起き、悪いんだろうな。
いつにもましてぼーっとした顔で、のっそりと佐々木くんが立ち上がり、歩きだしてから、昨日私が取り落としたコップと水に気づいた。

「ああっ、私、拭きますから!! すみません!!」
「いえいえ…」

佐々木くんはキッチンからさっさと台布巾を持ってきて、雑に拭いて、コップを持ってまたキッチンに戻っていく。
台布巾、で、床を拭いちゃうんですね…

とにかく、私はお祖母ちゃんに電話をしなくちゃ。
鞄からスマホを取り出して家にかける。

「あ、お祖母ちゃん? 昨日ごめんね、終電逃して、酔っ払って寝ちゃって…うん、うん…」

話しながら、私を放ってキッチンで料理を始めている後ろ姿を見て、私は途方に暮れる。
なんだろう、この関係。
やっぱり帰った方が正解なんじゃないかと思いながら、同時に、また洗い物溜まってるなとか、ベッドに置いてあったのだろう服たちがまとめてぐしゃっと床に置いてあるのを、畳んでもいいのかなとか、思ったり。

「うん、大丈夫、お昼には帰るから。うん、じゃあね。」

大して心配もしていなかったお祖母ちゃんとの電話を切って、一息ついたら。
ふと、玄関と部屋を隔てるドアの横の、本棚に目が止まった。

あの本棚、スライド式になってて。

前に佐々木くんがそう言ってたやつだ。

見ていいかな、奥。見たいな。見ちゃおう。
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