お願いだから、つかまえて
「理紗! 理紗、ちょっとー!」
まったりした空気を、いつ私の存在に気づいていたのか、香苗の声が壊してくれたけど、とりあえず無視した。
ここを離れて誰かが佐々木くんと話し込んだら嫌だからなんて、かなり馬鹿みたいな理由だけど。
いや、あのリア充の集まりみたいな集団に飛び込む気概が無いというのも確かなんだけど。
「お友達、呼んでますけど…」
「気にしないで下さい。」
見なくてもわかる。
春仕様にきれいに明るく染め直して、ふんわり巻いたロングヘアを片側に寄せて、意中の彼にうなじを晒している。
騒がしい人たちに負けず私に届くように声を張り上げているけれど、あれは腹にぐっと力を入れているだけで、
傍目には可愛らしくさえずっているようにしか見えないように、口はほとんど開いていない。
女子力の塊みたいな見た目の、だけどしたたかで、実は肝っ玉が座っていて、その喋り方ほど馬鹿じゃなくて…
それからどうしても憎めない、腐れ縁の友達、それが香苗。
「理紗ってばー! ちょっとお!」
「相当呼んでますけど…」
「うん、放っといて大丈夫です。」
「はあ…」
佐々木くんは怪訝そうな顔をしている。だけど、気にしちゃいないだろう、この人。
なぜかそういうことが手に取るようにわかって、私も気にせず無視を続けることにした。
「もー、ほんとにねえ、無視しないでよ。」
思ったとおり、香苗が折れてこちらに歩いてきたーーその男の人までちゃっかり連れてくるのは想定外だったけどな。しっかりしてんなオイ。
「そーゆーとこあるよねえ理沙はさぁ。あ、この子、宮前理紗って言って〜、大学の時の親友なの! 一番中よかったのー! よく一緒にお茶してね…こちら、山園拓哉(やまぞのたくや)さん。」