お願いだから、つかまえて

「嘘でしょ? いつ頼んだの?」

ご婚約おめでとうございます、おめでとうございまーす。またあちこちから声がかけられて、一層大きな拍手が起きた。

「お手洗い行った時。」

私は得意げに笑ってみせた。

「おめでとう、香苗。」

香苗の大きな目がみるみる潤んだ。

「…馬鹿じゃないのもー、このケーキ、一人一個食べんの私達?」
「頑張ろ。」

目尻を指先で拭いながら、香苗が吹き出す。

「太るー嬉しいーありがとう…」
「嫁入りが決まったんだからちょっとくらい太ったっていいんじゃない?」
「まだあたしには結婚式という試合が待っているのよ。」
「誰と闘うのよ。」
「…彼のお姉さんとか…」
「…そりゃ必勝だね。じゃあ香苗の分も私が」
「やだ食べる! 大丈夫! 明日夜抜くから!」
「いや抜くなよ。健康第一。」
「理紗と違ってあたしは太りやすいの!」

香苗は、セレブと結婚したって闘いは続くのよなんて勇ましいことを言いながら、大きく口を開けて次々にケーキを放り込んでいるけれど、
まだ時々鼻をすすっている。
私も鼻の奥がつんとして、生クリームたっぷりのケーキなのに、ちょっとしょっぱかった。

だけどお互いそこには触れないで、やいやい言い合いながら、順調にケーキを片付けていく。

香苗はきっと幸せになるだろう。
幸せになる力を持っているし、どの道を行けば自分が幸せになれるのか、知っているんだ。

いいなあ、香苗は自分の道がハッキリしていて。
仕事も、結婚も、自分の意志に忠実に進めていっている。
その明瞭な生き方は少し羨ましかった。

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