お願いだから、つかまえて

「…どこで買ったんですか、こんな可愛いの。」

それを持って、キャベツを切っている佐々木くんの隣に立って訊いた。

「会社の近くにちょっと凝った文房具屋があるんですよね。女子力高そうなとこなんで、入りづらかったんですけど、僕文房具結構好きなんで、これを機に入ってみました。」
「私も好きですよ、文房具。ポストイットとか。」
「僕はシャーペン派ですけど。」

なんの話? すぐ横道にそれる。

「…ありがとうございます。すごく気に入りました。」

佐々木くんはちらっと横目で、眼鏡のレンズを通さない角度で私を見て、少し口角を上げた。
何、その笑い方。嬉しいの?
顔立ちと表情が噛み合って、この人は本当に時々、ずるいくらい、綺麗だ。

見惚れたその一瞬の間に、
キスされた。

「………」

屈んで首をこっちに伸ばしてきて、すぐ離れた。
触れるだけの。
気のせいかってくらいの。

もうキャベツ切ってるし。

なんなの?

「なんでキスするんですか。」
「したかったので。」
「…そうじゃなくて。」

私はため息をついた。
全然わからない。

「…もうセックスはしないですよ。」
「そうですか。」

なんの乱れもなく、キャベツの千切りを終えて、佐々木くんは流しで手を洗っている。

…いいや。私は濡れた本をドライヤーで乾かしていよう…

踵を返したら、腕がぐん、と引っ張られて、身体の向きが反転した。

「…んっ」

また、キス。
今度はもっと、はっきりしている。
気のせいで終わらせてもらえない。

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