お願いだから、つかまえて
「山園さんに挨拶、した?」
「したよ。それで理紗を探したら、ここに。」
「そっか。」
突然、ぐいっ、と修吾が私の腕を引っ張った。
「出よう。」
「え、でも来たばっかり…」
「いいから!」
珍しく声を荒げた。ああこれは本格的に怒ってるな、と、それでも冷静な自分がいて。
そのまま無理に引きずられて、これはおとなしく従ったほうが良さそうだ、とヒールの足でよろよろ後に続こうとしたら、今度は逆の腕が、くん、と。
引っ張られて。
思わず振り返ると、佐々木くんが私の二の腕を引き止めるように掴んでいた。
「………」
無言の修吾が、燃えるような目をして佐々木くんを睨んでいることが、振り返らなくてもわかった。
佐々木くんはそんなことには意にも介さず、
それよりも唖然とした私とまともに目が合ってはじめて、自分の行動に気づいたようで、自分で驚いていた。
「…あ、いや、…すみません。」
ぱっと手を放す。
…驚いたのはこっちだってば。
「行くぞ。」
よろめきながら室内に引きずり込まれ、そのまま出口に向かっていると、
「理紗〜!」
今度は香苗の声に引き止められた。そりゃそうだ。
「ちょっとこっち来てー、矢田さんもー!」
あ。ちょっとただ事じゃない、ってこと、わかってる。
香苗が私にかけるにしては、よそ行きすぎる声だった。
少しゆるんだ修吾の手をさり気なく振りほどいて、笑顔を浮かべて香苗の所まで行く。
香苗にだけ聞こえるように小声で。
「片付けとかできないけど、ちょっとごめん。また連絡する。」
「…OK」
香苗も全く華やかな笑顔を崩さず、口の中だけでそう言った。
ごめん、本当に、こんな晴れの日に。
もう一度心の中で謝って、修吾の所に戻る。
それから、自分から修吾の腕に手をかけて、仲の良いカップルの後ろ姿を作って、会場を後にした。