婚約はとろけるような嘘と一緒に
「どうでしょう。三美社長のお眼鏡に叶うお嬢さんでしたら、結婚相手として間違いありません。どうか社長のご人脈でこの愚弟に良縁を願えませんでしょうか」
「ふむ、理人くんの結婚相手ねぇ………」
社長も乗り気になってしまったのか、しばらく思案するような顔をした後。急に彼の顔に掛かっていた思考の靄がパッと晴れた。
「いるぞいるぞ。ウチに適任がいる!」
すこし興奮気味にまくしたてる三美社長に更なる悪い予感を覚えて、思わず理人は尋ねていた。
「こんな仕事しか見えていない男に、嫁いでくれる女性なんてそうそういないと思うのですが……」
「いやいるぞ」
社長はにんまりと得意満面の顔で言う。
「ひよりだ。ウチの娘だ」
どうやら悪い予感ほど的中するらしい。
「…………ですが社長、社長のところのお嬢さんは確か大学を卒業されたばかりでしたよね?……いくらなんでも一回り以上も年上の私が相手では、お嬢さんが気の毒です。もっと歳が近くて将来性が有望な若者がいるはずですよ」
及び腰の理人に、三美氏はまるで「腰抜け」と侮蔑するような目をしてまくしたててくる。
「君は何を言っているんだ。優秀で稼ぎがあっておまけに男盛りの働き盛り、しかも君は見目もいい男だ。結婚相手として文句ないだろう。君にとっても悪い話じゃあるまい。……どうだ、私の会社は。理人くんは欲しいと思わんのか」
三美飲料と言えば飲料メーカーの大手で、主力は清涼飲料水と酒類ながら近年始めた健康食品も好調で、ロングスパンで見ても業績は安定しているこの国を代表する優良企業のひとつだ。
「欲しいかどうかと問われれば、それは勿論、まっとうな野心がある男なら誰もが欲しいと思うでしょうね」
三美社長は結婚話にかこつけて自分の『男』としての度量を量ろうとしているのだろうか。そんな考えが脳裏を廻ったからやたらに否定なぞせずに余裕たっぷりに首肯した。
コンサルティング業で海千山千の経済界の猛者を相手にすることもあるのだから、これくらいの腹芸は出来て当然だ。
この反応に満足してもらって、この話は打ち止め。そうなると想像していたのに、社長はなぜかにっと満足そうに笑い返してくる。