婚約はとろけるような嘘と一緒に

「実に正直で結構だ。昨今はそのまっとうな野心とやらを持つ男の、なんと少ないことだろうな。周りに集まるのは奸計にばかり長けたつまらん小者だけだ。
その点君は見所がある。ご実家の援助もなしにその若さでコンサルティング事務所を起ち上げ、軌道に乗せて。その歳で一国一城の主だなんて将来性も有望。………うん、そうだな。やはり理人くんがいいな。どうだウチのひよりを貰ってやってくれないか」


社長の顔には冗談の色などない。本気も本気で愛娘をくれてやろうと考えているらしい。

しかもワンマンスタイルの経営者らしく、時流を読んだ即時即断の決定力はこんなところにも表れるようで、理人が唖然としている間にも三美氏は控えていた秘書長にスケジュールの確認をさせる。


「さっそくだが、来週はどうだ?入籍するにしてもとりあえず形だけでも見合いをしておくのがいいだろう。式場はとりあえず1年後くらいの日取りで仮予約しておこうか」
「………っ、待ってください、社長」
「なんだね、うちの娘では不満か」

その鋭い眼光に、一筋縄ではいかない経営者としての風格を感じる。ここで対処を間違えば、今後の仕事に大いに支障を来すことは自明のことだ。

「いえ不満どころか光栄です。こんな自分を三美社長のお嬢さんの結婚相手にと望んでいただけるなんて」
「だろう。娘も君のような有能でしかも色男と結婚できるとあらば喜んで飛びつくさ。なんせ奥手が過ぎて今まで男と付き合ったことがないような子だからな」


恋愛経験のない女の子。その意味の重さにくらりとする。年頃のそんな初心な子を図らずも自分の結婚話なんかに巻き込んでしまうとは、なんとも罪深いことだ。


「………確かに自分は野心はある方だと自負はあります。ですがまだ22、3歳の罪のないお嬢さんを、そんな打算だけしかない結婚には巻き込めません」
「ほう、本当に正直な男だな、君は。だがますます気に入った。愛だの恋だの生ぬるいことを言っている甲斐性なしより、君の方が余程見込みがある。まあ会うだけ会ってくれないか。親の私が言うのもなんだが、美人じゃないがいい娘なんだ」
「またまた。お嬢様は十分美人の部類でしょうに。相変わらず手厳しいな社長は。……ひよりさんが弟に嫁いでくれるなら兄の私も安心です」


自分が何を言うより先に、兄が社長と一緒になって外堀を埋めにかかってくる。のらりくらりと交わそうとするたびに話を元に戻され、結局は「まずは気楽な会食だけでも」なんて言葉で丸め込まれランチに誘われた。

場所や時間はまた追って連絡すると言われたが、おそらく「気楽」どころかそれなりの格式のホテルで、ヒヨリさんとやらは振袖を着せられて来るに違いなかった。


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