婚約はとろけるような嘘と一緒に


-------まいったな。


帰りのタクシーの中で思いもしなかった展開に頭を抱えていると、スマートホンが着信を知らせて震えた。事務所の秘書兼副所長の宇田川からのメールで、半休を取るはずだった明日に、来月オープン予定の青山のイタリアンレストランから打合せの依頼が入ったという。

スケジュールに余裕がなかったので、半休を諦めて直ぐに「OK」の返事を送る。これでとうとう今月最後の土曜も休みがなくなった。


事務所を起ち上げた1年目はとにかく必至で、その勢いのまま突っ走った2年目もたまたま運がよかっただけ。3年目になってようやく「軌道に乗った」という実感がにわかに沸いてきたところだ。

デザインコンサルティング業というのは感性と分析という相反する要素がミックスされた仕事で、恋愛だとか結婚だとかにうつつを抜かして立ち止まっていたらすぐに勘が鈍って取り残されてしまうというのが理人の考えだった。

そう、だから『ひばり舎』の彼女もやはり恋愛対象などではないのだ。


「………今の俺には仕事だけで十分だ」


たぶん結婚相手云々の話は親の差し金なのだろうけど、兄も厄介な相手に余計なひとことを言ってくれたものだ。

いっそ仕事を理由に“会食”を断ろうかと思ったけれど、そんな見え透いた理由を三美社長が見破れないわけがなく、三美社長の面子を潰すようなことをすれば今後の仕事に差し支える。

どう対応すればいいのか誰かに知恵を拝借したいところだけど、片腕であり頭の切れる宇田川は、悪友の元に降って沸いたお見合い話をただ面白がるだけに違いない。


(仕方ない。行くしかないのか)


冷静になって考えてみれば、所詮自分など大学を出たばかりの22歳の若い女の子から見たらただのおじさんだ。ノコノコ会場に現れたら若い女目当てにやってきた男だと、ヒヨリさんとやらもさぞかし冷たい目で見てくるだろう。

自分が彼女の立場だとしても「オッサンのくせに若い女とお見合いしようだなんて図々しい、恥を知れ」と罵るはずだ。いくら強引な三美社長でも、娘が嫌だと言えば他に適任を探すだろう。


早速スマホが震えて、三美社長の秘書長から“会食”の日時について相談のメールが届いた。承諾の返事を送ると、スケジュールアプリの来月初めの土曜日の欄に打ち込んだ。



『見合い プリンスパレルホテル 12時~』





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