婚約はとろけるような嘘と一緒に
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
「どうしたの?疲れてるのかな?」
「えっ………私、ですか……?いえ、全然元気ですっ。だから今日もバシバシご注文くださいっ!今日のおすすめの一杯も任せてください!ちゃんと産地も種類も特徴も頭に叩き込んでありますから!」
心配しているはずが、なぜか逆に私がタカミさんに心配されてしまったことが申し訳なくて勢い込んでいうと、それがあまりにも必死な形相だったのかタカミさんはちいさく肩を震わせて笑い出す。でも決して馬鹿にするような笑い方じゃない。
まるで私を和ませるようにやわらかく笑ってくれるから、こちらのほうがほっとしてしまう。
(タカミさんってやっぱ素敵な人だな)
家ではさぞかしやさしい旦那さまなんだろうなって、タカミさんの左手の薬指に光る指輪を見て思う。
タカミさんはひどく疲れていそうなときもいつもやさしい表情をしている。いつも穏やかでいられることが出来るのは、きっとタカミさんの心をしっかり支えてくれる人と、いつでもタカミさんを受け止める帰る場所があるからなんだろう。
タカミさんは涼子さんが試験的に入荷してレジ脇に置いてあるテイクアウト用のお菓子をよく買って帰るけれど、きっとそれも奥様へのお土産なんだと思う。
愛する旦那さまがいて、その旦那さまはささやかなお土産でいつも気遣いを示してくれて。そうやってお互いを思い遣って生活する夫婦の家庭って、どんなに温かくてしあわせな場所なんだろう。
私なんかが恋愛出来るわけないって諦めているけれど、しあわせな結婚生活には憧れてしまう。いつか心から好きになったひとと寄り添い合って家族になっていくことが出来たら、それはどんなにしあわせなことなんだろう。
(タカミさんの奥様はしあわせ者だなぁ)
うらやましくてついそんなことまで思ってしまう。