婚約はとろけるような嘘と一緒に

「でも涼子ちゃんよぅ、俺からも頼むぜ。な?まだ半人前の弟子に珈琲作らせるなんて不本意だろうけど、な?」
「不本意とかではなく。高見さん、あなた頭痛がしているんでしょう。今日は飲まない方がいい」

涼子さんは珈琲を抽出中のフィルターとそれを受け止めるサーバーから目を離さないまま言う。

「頭痛?タカミさん、今日は体調が悪いんですか?」

私が聞くと、タカミさんは「ちょっとね」と言って浅く頷いた。

「確かに頭痛はしているけど……涼子さん、頭痛がするとき珈琲を飲むといいって俺は聞いたことがあるんだけど?」
「それは偏頭痛のときだけ。高見さんの話を聞く限り、あなたの頭痛は緊張型」

涼子さんは相変わらずドリップの片手間のように淡々と喋る。

「カフェインには血管を収縮させる効果があるから、確かに偏頭痛のときに飲めば痛みが和らぐ。でも緊張型の頭痛の場合は血流が悪くなってかえって痛みが悪化するだけ。だから高見さん、今日はやめたほうがいい」

涼子さんに指摘されたことが当たっていたからなんだろう、タカミさんは驚いたように息を飲む。珈琲馬鹿だと仲間内では言われているらしい涼子さんは珈琲以外のものには全く興味がなさそうに見えるけれど、人を観察する眼はとてもすぐれた人だった。

最後の一滴まで抽出し終えると、ようやく涼子さんはこちらに振り向いて言った。

「お酒でも飲む方がいいけど、生憎うちでは扱ってない。だから今日は珈琲はやめてホットミルクにでもしたら?それならひよ子に淹れさせるから」

涼子さんのぶっきらぼうなその言葉は高見さんの体調を気遣ってと言うより、味わうコンディションが整っていない客に自分の渾身の一杯を振る舞いたくなんてないというプライドが見え隠れしている。

涼子さんは不愛想で、しかも自分の仕事に絶対のプライドがあるから決して媚びない。店員のくせに高飛車だという人もいるけれど、人に懐かない気位の高い猫のようなところが一部の常連のお客様たちの心を掴んでいた。

「タカミさん。私、よかったらご用意しますけど、どうしますか………?」
「そうだな。お言葉に甘えて頼もうかな?」
「わかりました。少々お待ちくださいね!」


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