婚約はとろけるような嘘と一緒に
何気なく出された『気になっていた』の言葉に、鼓動が不意に強くなる。
顔が火照りそうになった私は、おかしな気持ちにならない戒めのようにタカミさんの薬指を盗み見る。やっぱりそこには銀色のリングが、存在をアピールするかのように光っていた。
「実は俺も、子供の頃から実家のことは重圧に感じていてね。今の仕事は親の干渉を振り切るために始めたようなものなんだ」
「干渉を、振り切るため?」
「簡単に言えば、家業に関わりたくなかったんだ。うちは生まれたときから会社は兄が継ぐことに決まっていてね。俺が兄を越えることなんて誰にも望まれてなかったうえに、兄がいる限りどう頑張ってもどうせ二番目止まりになることは初めから分かっていたから、それがどうしても面白くなかったんだ」
タカミさんが私と同じように自分の家のことを思い煩っていたことがあるというのは驚きだったけれど、いつも穏やかなタカミさんが実は好戦的と言うか上昇志向の強い人だったということはもっと意外だった。
「それで一度は家業に就いたけど、いろいろあって飛び出して………それで今に至るんだ」
「ええっと、タカミさんは何かの事務所をされているんでしたっけ?」
「そう、『何かの事務所』をね。………それが自分が思っていた以上に順調なんだ」
言っている内容に反して、なぜなのかタカミさんの表情は明るくない。
「お仕事でなにか気掛かりなことでもあるんですか?」
「いや、本当に今のところは幸いこれといった懸念材料もなくて。………だからこそなんだろうな、毎回仕事を請ける度に『今度こそコケるぞ』って考えが頭を過る。
………本音を言えば自分が天才だなんて思いあがる前に、一度大きな失敗をしてプライドだとか自信だとかを叩き潰されておきたいとも思っている。そう思っているくせに挫折するのがやっぱり怖くて、いざ仕事が始まると必死になって馬車馬になってる自分がいる。その繰り返しで、心の休まる隙が無いんだ」
独白のような言葉を聞く合間にふと思う。もしかしたらそれがタカミさんの頭痛の種になっているのかもしれないって。