婚約はとろけるような嘘と一緒に

疑問符を浮かべる彼女の前で、今日も懐の名刺に伸ばしかけた手を止めた。

「いや、実は明日とても厄介な案件があってね」
「日曜日なのに、お休みじゃないんですか?」
「仕事は休みなんだけど……仕事上付き合いのある方が、どうしても俺に会わせたい人がいると言って呼び出されていてね」
「わざわざお休みの日にですか………?それ、お断り出来ないんですか」

理人の表情を見て明らかに気乗りしていないことがわかったのだろう、彼女は自分のことのように不快そうな顔をしてくれる。

「そう出来たらどんなにいいだろうな。でも相手は大事なクライアントで、今後も付き合いがある方だから。そんな相手からの紹介なら会わないわけにもいかなくてね」


明日に迫った三美家との“会食”を思うと、昨晩治まったはずの頭痛がまたぶり返してきそうになる。


「クライアントは俺のためを思って会わせたいと考えてるみたいなんだけど………はっきり言って、会わなきゃならないその相手はステイタスは魅力的だけど、俺は全く興味がないんだ。
今後の仕事のことを思えば太いコネクションを築けるかもしれないし、親しくしておけば利用価値のある相手だとも分かるんだけどね。
それでも自分が付き合う人間は自分で探したいし、自分の交友関係にとやかく口を出されるなんてほんとはいい気分はしていない………いや、はっきり本音を言ってしまえば迷惑でしかないんだ」
「それは……それは当たり前ですっ」

またもや泣き言じみたことを言っているなという自覚はあったけれど、彼女がすこし怒った顔で同調してくれるからつい喋りすぎていた。

「私の父も、昔からそういうことよくやるんです。部下の娘さんとか、仕事でおつきあいのある方のお嬢さんとかを突然家に呼んで、『おまえの友達ににぴったりな子を連れて来てやったぞ』って。……私、それがほんとに苦痛で苦痛で……。
だいたい父が気に入って連れて来た人って、頭が良くて育ちが良くて優秀で、嫌味なくらい優等生な子ばかりで、教室の隅っこにいるような私には絶対合わないような人ばかりなんです……勿論相手も、明らかに私なんかに興味なさそうで戸惑ってて。そんな中でするお茶会の白々しい空気が本当につらいんです。だからもう父の紹介で誰かに会うのはコリゴリで……」


< 36 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop