婚約はとろけるような嘘と一緒に
予期せぬふたり
◇振袖とスーツの邂逅◇
◇振袖とスーツの邂逅◇
「まあまあまあ!見事な京友禅ですこと!!」
着付けをしてくれたホテルの美容スタッフさんたちが、オーバーリアクション気味に褒めてくる。
「薄桃の華やかなお着物ですね、とてもお似合いですよ」
「さすが三美社長、お嬢様のために素敵なお召し物をご用意されたんですね」
父と食事をしに来ただけのはずなのに、なんでこんなことになっているんだろう。鏡の中の滑稽なほど豪華な振袖を着せられている自分の姿を見て、思わずため息がこぼれる。
今私が着ているのは、御所車にこぼれ咲く大輪の牡丹があしらわれ、ふんだんに金箔も押されたとてもきらびやかな振袖だ。成人式でもちょっと見ないくらい派手で、私なんかが着ていても完全に着物に負けてしまって顔の印象がますます薄くなっている気がする。
見れば見るほどおしろいをはたかれた自分が、ただの着物を吊るすための衣文掛けになった気分になってくる。
「おきれいですよ。こんな素敵な姿でお嬢様が現れたら、お相手の男性もさぞ喜ばれるでしょうね」
「ご縁談の席には本当にぴったりな御姿です」
太鼓判を押してくれるスタッフさんに、苦笑いするしかない。
だって私の結婚相手候補として会うことになるであろう男の人は、うちの強引なお父さんに無理やり連れてこられた人に決まっている。乗り気でやってくるわけじゃないだろうに、私がこんな気合の入った振り袖姿なんかで現れたりしたらなんて思うだろう。
この豪華すぎる振袖姿に『こちらは本気でこのお見合い賭けています、父と私の決意を踏みにじったりしたら容赦しません』という脅迫めいた気迫を感じるに違いない。それは男の人にとっては喜びどころか恐怖でしかないはずだ。
父が私の結婚相手にと目星をつけたくらいなんだから、相手の人はきっと私と同年代で家柄のいいどこぞの御曹司なんだろう。
父は面食いで好き嫌いが激しい人だから、まず間違いなく顔も父の審美眼に適った見栄えのする顔立ちをしていて、当然見た目だけじゃなく仕事も出来る有能な人に違いない。
たぶんオンナに不自由したことなんてなくて、結婚する気もさらさらないからまだ独身だった人。……引き合わされるのが私なんかでさぞや迷惑だろう。
自分が美人じゃないのも、社長令嬢という風格がないのも承知しているから、今まで自分から白旗あげるようにメイクもファッションも適当にして恋愛市場から離脱して生きてきたのに。
私が望んだわけじゃないのに勝手にお見合いをセッティングされたうえに、これから相手の男の人に心底迷惑がられてガッカリされなくてはいけないなんて、みじめで涙がこぼれそうだった。