婚約はとろけるような嘘と一緒に
「おまけにな、おまえのために今日は一緒に飯を食う相手も呼んであるんだ。仕事が出来て頭もいい、好男子ってヤツだな。いい男の顔を眺めながら『浅藤』の懐石を食うなんて、なかなか出来ない贅沢だろう」
「ねえお父さん、その相手の方ってもしかして………」
私が何を聞こうとしているのか察している様子で、父はにんまりと笑む。
「ああ、俺がおまえの結婚相手を見付けて来てやったぞ。おまえもそろそろそういう相手がいてもいい年頃だからな」
ああ、やっぱりそういう話なのか。打ちひしがれそうになる私の気持ちを置き去りにして、父は一人悦に入った表情だ。
「ぼやっとしたところのあるおまえはいつ変な男に捕まるか分からないから、代わりに俺がおまえに相応しい男を探しておいてやった。まあ進学も就職もいつも俺の言う通りにしておいて間違いはなかっただろう?今度も何の心配もいらんさ」
「でも私、そんな急に結婚相手なんて言われても………」
もっと強い調子で抗議したいのに、父の前ではいつも機嫌を損ねられるのが怖くて言葉が尻すぼみになってしまう。
「なんだ?遠慮するところじゃないぞ。相手は本当にいい男なんだ、おまえも必ず気に入る。絶対にな。だからおまえはただにこにこ大人しく飯を食っていればいい。そしたら後は俺がどうとでもしてやる。三美令嬢に相応しい上等な男を夫にしてやろう」
いつになく上機嫌な父をみれば、父が相手の人をとても気に入っているのが分かる。たぶん娘の夫にしたいという気持ちよりより、自慢できる義理の息子が欲しいという気持ちの方が大きいのだろう。
でもわたしや相手の人の気持ちや都合だってあるのに、お父さんはほんとうに娘の結婚まで自分の思い通りに出来るだなんて思っているのか。
私から断ることはきっと許されないだろうけど、父が見込むほど有能な人なら、乗り気の父をやんわり丸め込んで破談に持っていくことが出来るかもしれない。
(どうせ断られるのが前提なら、早く終わってくれないかな)