婚約はとろけるような嘘と一緒に

「いやいや、時間より早いだろう。気にしないでくれ、理人くん。娘の方が張り切って仕度が早く終わっただけだからな。ああ、紹介が遅れたな。これがうちの娘のひよりだ」

父はそう言ってちらりと横目で見て私にプレッシャーをかけてくる。

「あのっ………三美ひよりと申します。今日はわざわざお越しくださりありがとうございます」

お見合いなんて少しも望んでいないはずなのに、父に睨まれると大人しく父の望み通りの行動をとってしまう自分が呪わしい。

昔父に勝手に放り込まれたマナー教室で習った『着物で優美に見える会釈の仕方』を意識しながらゆっくり頭を下げていく。

見るからに取り柄のなさそうな小娘とこれからお見合いをさせられるなんて気の毒に、と罪悪感を抱きながら顔を上げると、がっちり目が合った拍子に相手の『リヒトさん』が私の顔を見てはっと息を飲んだ。

きれいなアーモンド形の目を見開いて、ひどく驚いたように私を凝視する。そのあまりに強すぎる視線に晒された途端、自分が何か不作法をしてしまったのかと思ってますます恥ずかしくなってくる。


「………あ、あの………?」

私が戸惑っているのも察しているだろうに、リヒトさんはますます食入るように私の顔を見つめる。もしかして挨拶を交わす前から私の品評をはじめたのかと、すごくいたたまれない思いで彼の前で立ち尽くしていると。


「こら理人。いくら魅力的なお嬢さんを前にしたからって、そんなに我が物顔でじろじろ眺めまわしたらあまりにも不躾だろう。見ろ、ひよりちゃんも戸惑っているぞ」

すこしだけ遅れて、見知った顔が現れた。


「えっ透馬さんっ!?」
「やあひよりちゃん、お久しぶり」


にこやかに挨拶をしてきたのは父と昔から親交のある外食産業系企業のタカミフーズで、現会長の孫であり後継者と目されている高見透馬常務だ。何度か会社の記念式典で会ったことがあり、いつもパーティー会場で居場所がない私に美人な奥さんと一緒に話し掛けてきてくれる、やさしいお兄さん的存在だった。


「ちょっと会わない間にひよりちゃんはすっかりきれいな大人の女性に成長したね。……三美社長、遅れて申し訳ありません。本日は私どもには身に余るお話を頂き誠にありがとうございます」
「よしてくれ、透馬くん。堅苦しいのは抜きにして早く飯でも食おうじゃないか」

「社長が若輩の私たちにそう心を砕いてくださることがなによりのもてなしです。けれど折角社長が選んでくださった懐石も、今日は弟の喉をろくに通らないかもしれません」


透馬さんはどこか面白がるように私とリヒトさんに視線を投げかける。

< 43 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop