婚約はとろけるような嘘と一緒に
「それにしても会食をする前から破談が前提とわざわざ釘を刺してくるなんて、もしかして三美社長には話していないだけで、君には他に好きな男でもいるのか?」
そんな人、いるわけない。
そう思ったはずなのに、ひばり舎のことが脳裏に思い浮かんだ途端無意識に頷いてしまっていた。
たぶん彼氏だとか思い人だとかがいると思われていた方が、リヒトさんが早々にこの会食を打ち切る気になってくれるんじゃないかという淡い期待があったからだ。
「そう。好きな男がいるのにこんな場に来るのか」
「…………本当にすみません」
「謝ってほしいわけじゃないからいいよ。けど思っていたよりもしたたかな子なのかな?まあ君の気持ちは理解した」
その言葉にほっとするのも束の間、突き刺すような鋭い視線を向けられていることに気が付いて、足が縫いとめられたかのように動かなくなった。私に向けられるのはそれほどに冷たい目だ。
「でも俺にも都合があるから。こちらの気が済むまでは付き合ってもらうよ?」
エレベーターホールに向かうリヒトさんは、まるでエスコートするように紳士的に着物の私に歩調を合わせてくれた。けれど私に向けられた唇を歪めるような笑みは、なぜかひどく意地悪そうなものだった。