婚約はとろけるような嘘と一緒に
◇オフィスの眠り姫◇
1 ◇ オフィスの眠り姫
「………ふあっ」
お昼休憩を終えたばかりのオフィスでパソコンの画面を見たまま私が眠気を堪えられずにあくびをすると、すぐに斜め前から刺すような視線を向けられる。5つ先輩の山城さんだ。
目を付けられては大変だと慌てて視線を逸らして入力作業を再開しようとするけれど、時既に遅し。席を立った山城さんは不気味な笑みを浮かべながら私に近づいてくる。
「三美さん」
「は、はい?」
「大変そうね。手伝いましょうか」
「えっ、そんなめっそうもないっ、大丈夫ですっ」
両手でデスクの上を覆い隠そうとしたけれど、それより先に山城さんの指が今私がチェックしていた伝票を引き抜いた。
「あら、いいのよ。そんな“具合の悪そうな”顔して入力なんてしたら、また取り返しのつかないことになるかもしれないでしょ?」
先月就業中、あまりの眠気でコクリコクリと船を漕いだとき、額をキーボードに強打してしまった。その途端オフィスじゅうに聞いたこともない「ピィイッ」という電子音が鳴りだして、私の使っていたパソコンの画面が暗転してしまった。もともと調子の悪かった機械に、とどめを刺してしまったのだ。
私が入社直後にそんなトラブルを起こしてしまったことを、山城さんはまだ静かに怒っていらっしゃる。使えない新人の尻ぬぐいをさせられたのだから、当然と言えば当然だけど。
「三美さん、ちなみに今打ち込んでるのは販売促進課から上がってきた緊急の伝票よね?入力モードを切り替えてインプットしなきゃいけないの覚えてるわよね?」
「あっ……え、ええっとその………」
「支店のデータが工場のオフコンに反映されるには半日近いタイムラグがあるから、緊急の時は必ず工場用のパスワードでログインしてから入力してねって言ったの、もちろん覚えているわよね?じゃないと工場も出荷も緊急対応してくれないもの」
「…あ………すみません、間違えました。それでその、工場用のIDとパスワード教えていただけますか?今からやりなおしますのでっ」
慌てて山城さんから伝票を返してもらおうとするけれど、山城さんは笑顔のままさっと私をかわす。
「いいのよ。どうせ一度や二度口頭で指示されたくらいじゃ、三美さんは覚えられないでしょう?緊急伝票は私が切り直して、ついでに工場への出荷指示の電話もかけておくわ。だから三美さんはリフレッシュルームでコーヒータイムでもしてきたら?」
笑顔のまま言い切って、しかもデスクにあった販促課や営業課から回ってきた他の伝票まで山城さんは有無を言わさずまとめて取り上げてくる。