恋のお試し期間



「矢田さん」
「さすが日野笑いの神がおりてきたな。今までで最高に面白いよ」
「そ、そんな笑い事じゃ」
「笑えるだろ。だって、お前……はははははっ」
「やめてください!私の、私の大事な思い出で!」

壊さないでと抗議の声を上げる。

「はあ。…でもお前違う男と付き合ったよな」

彼は笑っていた顔をぴたりと止めて真顔で言った。

「それは。……失恋したと、思って」
「そうか。その辺は俺も何かあるんだろうとは思ってるけどな」
「何かって」
「もう過去の事だ。思い出は綺麗なままにしまっとけ」
「…もう大分色あせてますけど」

まさかの相手に今まで1番の爆笑をされて失恋以上のショック。
里真は泣きそうになるが今泣いたらそれさえ笑われそうで怖くて。

「さて会社行くか」
「え。休んだんじゃ」
「午前中だけな。お前と違って俺は忙しいんだ」
「暇ですいませんね」
「いいよ。許してやる。…面白い話が聞けたからな」
「……」
「それでどうしようって思ってる訳でもないから安心しろ。
お前は今まで通り慶吾と仲良くしてればいい」

ネクタイをさっさと直し立ち上がる矢田の顔は何時もの締まったもので。
でもそんな事をあっさり言われても里真は気持ちの整理がつかない。
初恋の相手が隣に居るのに。明確に里真の名は出さなかったけれど、

彼が追いかけていたのはたぶん。

「……な、なんですか」

考えこんで黙っていると矢田の顔がすぐ目の前にまで近づいてきた。

「付き合ってる男いるのに昔話で変に意識してさ。お前結構尻軽いの?」
「ば。馬鹿にしないで!」

怒りの勢いでついその頬を叩く。

「痛ぇな。そんだけ力出れば大丈夫だな。じゃ」
「ちょ、ちょっと!謝罪を求めます!さもないとセクハラで」
「こんなもんで怒るなよ。それとも本当のセクハラを教えてやろうか」
「なんでもないです」
「明日はちゃんと来いよ。さもないとまた資料室送りだ」
「…はい」

打たれた頬をなでながら矢田は去っていった。
里真は暫し呆然とその場に座ったままで。どれくらい経ったか。
お腹が空いてグーグーなるからそれで目がさめたように立ち上がり。
何処でもいいからお店をさがして遅めのお昼を食べた。


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