恋のお試し期間
そして、
佐伯との一夜を過ごして、嬉しいようなまだ緊張するような。
そのままふわふわしていたい気もするけれど。
朝は来るわけで。
「おい日野。頼んどいたコピーまだか?」
「あ。すいません」
仕事も大変なわけで。
「なんだよやってないのか?ったく」
「やってます。持っていこうとしたら山内さんに資料整理頼まれて」
「はいはい。言い訳は結構。じゃこれもらってく」
「はい」
社内での里真は相変わらず失敗をフォローされる方が多い。
でも少し変わった。自分から積極的に矢田以外の社員にも声をかけ
雑用ではあるけれど仕事をもらえるようになった。
それをこなす日々。
最初あれだけぎこちなかった笑顔が今は自然と出来るのに
彼女は気づいて居るのか。
「なあなあ。あの子頑張ってるよな」
「そうか?」
「そうだよ。いやあ。可愛い。俺ああいう一生懸命な子好きだわー」
「珍しいだけだろ。営業の女はプライド高かったりちょっとキツめだからな」
「そうそう。癒しっていうかさ。おっとりタヌキさんって感じで」
「何だよタヌキさんっていい歳して…気持ち悪い」
確かにあいつは丸いしおっとりしてそうだから分からなくはないが。
話しかけてきた同僚はまたウキウキしながら里真の元へ向かった。
仕事を頼むついでにさりげなく自分をアピールするつもりらしい。
見え透いた行動だがきっとあの女は気づかないのだろう。鈍いから。
「また出張ですか。大変ですねえりーとしゃいんさんは」
昼休み。
矢田が何処かで飯を食べようと廊下に出たら
あの女が馬鹿面下げて近づいてきた。予定ボードを見たらしい。
「馬鹿にしてくれたところ悪いがテメエも来るんだよぽんこつしゃいんさん」
「またまた。冗談でしょ?あれ泊まりですよ?」
「そうだよ。だからちゃんと泊まる準備しとけよ糞ポンコツ」
「え?え?聞いてませんけど?」
「今決まった」
「は?」
「上司から誰か1人補佐を付けろって言われたんだけどな。
ちょうどいい所にお前が来たからお前にするわ」
ニヤリと悪意に満ちた意地悪な笑みを浮かべる矢田。
今回は自分1人でなんとかなると助手を付ける気はなかった。
出張先で支社にいる同僚にでも声をかけようかと。
けれどこの女のムカつく顔をみたら引きずりこんでやろうと思った。
「じょ、冗談じゃないですよ!何で私が!美穂子さん誘っていけばいいですよもう」
「旅行じゃないんだ。仕事だ仕事。何で美穂子と行くんだよ馬鹿」
「えー!」
「明日朝イチで駅集合。遅れたらお前はサボったって上司に連絡をする」
「そんな!」
「そうか。お前所詮腰かけOLだもんな。最近素敵な彼氏ができたばっか。
ンなしょぼい出張なんてしたくないよな。少し我慢すりゃ寿できるもんなあ」
「……い、行きますよ。誰もいかないなんて言ってないし」
「まあ頑張れよ。寿さん」
理不尽な苛めにちょっと泣きそうな顔をする里真だがぐっとこらえて返事する。
出張は何度か経験している。その度に怖くて緊張してトイレに行った。
矢田と一緒ならある程度安心はできるけれど。
泊りがけなんて初めて。
男女で?で、でも、別に同室じゃない。いやでもだって。
仕事だからきっと何もないビジネスホテルだろう。準備をしなければ。
「なあ矢田よぉ。あんな言い方することないんじゃないのか?セクハラになるぞ?」
「いいんだって。あいつが寿退社するのは時間の問題だから」
「へえ、そうなんだ。辞めちまうのは残念だけどこればっかりはなあ」
「ポンコツでも辞める前にちょっとくらいは会社に貢献しないとな」
「お前、日野さんにはドSだよな…知り合い?あ。ひょっとして元カノとか?」
「そんなんじゃない」