恋のお試し期間



憂鬱な気持ちを抱えながら会社終わりに何時ものように佐伯の店へはいる。
明日の事を考えてまっすぐに家に帰ろうかと思ったけれど。
明後日は彼に会えないと思ったらしっかり見ておこうと思った。
店内は何時も以上に賑やか。皆同じグループだろうか。
貸し切りではないようだから隅っこに座る。

「煩くてごめんね。大学生のグループなんだけど、誕生日なんだって」
「なるほど。いいですね。皆でお祝いなんて」
「君は皆に祝われた方が好き?」
「え」
「俺は君と2人きりがいいんだけどな」
「じゃあ、2人でお祝いしましょう。友達や家族は今まで散々お祝いしたから」

すぐに里真に気づいた佐伯が来て事情の説明をしてくれた。
騒がしいと言っても大声で叫んだり歌いだしたりなんてしない。
時折笑い声がするくらいで他の客もほほえましく見ている。

「所で明日なんだけど。どっかドライブでもしない?店休みにするからさ」
「そうなんですか。タイミング悪いな…」
「え?夜の話だよ?」
「私明日から出張なんです。帰るのは明後日で」
「…へえ。そうなんだ。君1人?」
「いえ。会社の人も一緒に」
「…ふーん」

あまり深く聞かないでと心の中で必死に念じる。
彼に嘘はつきたくない。でも、本当の事も言いづらい。
何をするという訳でもないのにただの仕事なのに。
でも言いづらい。一緒に行くのは男で矢田であること。

「慶吾さん」
「夜電話してくれる?それで我慢するから」
「…はい。もちろん」
「応援はしているけどね。でも、…頑張りすぎるのもどうかと思うよ」
「ほどほどに頑張りますね」

そんな里真の気持ちを察してくれたのかは分からないが追及はされず。
いつものようにコーヒーとクッキーを出してくれた。
帰りもいつも通り見送られて平和。彼に一応だが出張の話はした。
それだけで気兼ねが1つ減って胸が軽くなったのはなぜだろう。

何もないのに。


< 115 / 137 >

この作品をシェア

pagetop